お知らせ

七夕の日に「お墓参り」?

2018年7月7日

おはようございます。青森県弘前市 おおゆ石材店のお墓のブログです☂

 

各地で豪雨が続いており、避難されている方もたくさんいらっしゃるかと思います…。

地震に引き続き自然災害の被害が相次いでいます。皆様のご無事を祈っております。

 

さて、天気はあいにくですが今日は7月7日。年に一度の七夕ですね(^ω^)♡


「七夕(たなばた)」とは

日本で古来から行われているお祀り行事で、一年間の重要な節句をあらわす五節句のうちのひとつに数えられます。毎年7月7日に願いごとを書いた色とりどりの短冊を笹の葉つるし、おりひめとひこぼしにお願いごとをする慣習が今でも残っていますよね(´▽`*)

七夕の起源には諸説ありますが、「琴座のベガと呼ばれる織女(しゅくじょ)星は裁縫の仕事、鷲(わし)座のアルタイルと呼ばれる牽牛(けんぎゅう)星は農業の仕事をつかさどる星と考えられていました。この二つの星は旧暦7月7日に天の川をはさんで最も光り輝いているように見えることから、中国でこの日を一年一度のめぐりあいの日と考え、七夕ストーリーが生まれました。(引用ページ:七夕の由来)」というお話が面白いなあ・・・と私は思いました☁☁

そこから淑女星にちなんで裁縫が上達するようにお祈りをする風習が生まれ、やがては裁縫だけでなく芸術や書道の上達を願うようになったそうです。

平安時代に中国から日本にその話が伝わると、宮中行事として七夕が行われるようになりました。雅な人々は食べものを供えて星を眺め、香を焚き、楽を奏で、詩歌を楽しみました。サトイモの葉にたまった夜露を「天の川のしずく」ととらえ、その水で墨を溶き、神聖な木とされていた梶の葉に和歌を書いて願い事をしたそうです。とってもロマンチックで楽しそうなことしてたんですね。「今宵は月が綺麗ですね」と言った人こそいないかもしれませんが、どんなドラマが生まれていたのか想像するだけで面白いです。

江戸時代になり、庶民まで七夕が伝わって全国的に行事として行われるようになると、梶の葉の代わりに短冊に和歌や願いごとを書いて笹竹につるし、星に祈るお祀りへと変わっていきました。

 

沖縄では「お墓掃除をする日」?

沖縄のいわゆる旧盆は「7月13日~15日(または16日)」とされており、7月7日の七夕はご先祖様が帰ってくる直前の行事となります。

先祖供養を極めて大切にする沖縄は、お盆には家族や親族が集まって盛大に宴を催します。そのためお盆を迎える前に掃除をしておくのですが、「亀甲墓」「破風墓」と呼ばれる沖縄のお墓はとにかく大きいので家族総出で清掃に当たる必要があるというわけです。

そのような背景もあってか、沖縄で「七夕」といえば、お墓に眠るご先祖様にお盆の到来を告げ、それに備えてお墓掃除をする日なんですね。(引用ページ:七夕にお墓掃除!?


いかがでしたか?

今回は七夕に関するエピソードをご紹介いたしました。

 

地域も文化も歴史もそれぞれありますが、特別な日にスポットライトを当てて調べてみるのも楽しいものですね(^ω^)

青森のお盆まではあと1か月ほどありますが、少しずつお墓をきれいにする準備を整えてもよいかもしれません。

 

お墓のことで何かお困りごとがありましたら、おおゆ石材店にお問い合わせください。では🎵

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有名人のお墓 9月21日

2018年9月21日

こんにちは(^ω^)

弘前市 おおゆ石材のブログです。

今日は 詩人であり、童話作家であり、教師であり、農業科学者でもあった、宮沢賢治が亡くなった日です。

宮沢賢治は1896年8月27日、岩手県(現花巻市)に生まれ、闘病の末に37歳で亡くなりました。

仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、作品の中にある架空の理想郷に岩手県をモチーフとしてイーハトーブと名付けたことでも知られています。

代表作に「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」「雨ニモマケズ」「セロ弾きのゴーシュ」などさまざまな有名な作品があります。

宮沢賢治のお墓は

故郷の岩手県花巻市の身照寺にあります。身照寺には「宮沢賢治墓所」と記された看板があり、誘導通りに進めばたどり着くことができます。

墓所に行くと、宮沢家の代々の墓と五重塔が二つ並んでいます。

宮沢家は浄土真宗でしたが、賢治が日蓮宗法華経に改宗していたため、賢治の父は、賢治の死後、宮沢家の先祖代々の墓をこの寺に移し、賢治を供養するために五重塔を建てました。この五重塔が賢治の供養塔になっています。

 

 

 

 

 

エジプト第25王朝の首都の名前

2018年9月20日

こんにちは。

陽が昇りきるまでと陽が落ちてからが寒いですね。

空調の調整がとても難しいです。

 

さて。

本日はスーダンの文化遺産「ゲベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群」。

ゲベル・バルカルとは、スーダン北部、ナイル川の屈曲部沿いにある高さ98mほどの小山で、ここで見つかったアモン大神殿は、地元民に神聖視されていたと考えられています。

その他、周辺には13の神殿・3つの宮殿等を含む様々な遺跡が発見されています。

ナパタ地方の遺跡群とともに2003年世界遺産登録されました。

(ナパタとは、元々はエジプト第25王朝の首都の名前です)

ナパタ地方の遺跡群にはエル=クッル、ヌリ、サナム、ズマの墓所群があります。

エル=クッルには王族の墓も含む34基、ヌリには「ヌビアのピラミッド」と称される82基、ズマにも墓所を含む遺跡があり、サナムは墓所でありながら、「宝物」と呼ばれる何故建設されたかが解明されていない不明の巨大遺跡もあります。

解明されたら、この時代の宗教観や文化思想もわかっていくのでしょうね。

 

世界にはたくさんの不思議があります。

歴史や遺跡は好奇心をくすぐります。

秋の良い気候。

世界遺産でなくても、歴史や遺跡に触れてみるも良いかもしれないですね。

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石材店に行く前に読む本

お墓の窓口

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