戦国武将のお墓

こんにちは。今回は、戦国武将のお墓をご紹介いたします。

最上義光 (1546~1614)享年69歳

戒名 光禅寺殿玉山道白公大居士 命日 旧1月18日新2月26日 死因 病死

お墓の場所 山形県鉄砲町2-5-7 光禅寺 最上家3代の菩提寺

人物プロフィール

最上家第11代当主。出羽山形藩初代藩主。妹・義姫は伊達正宗の母になる。15歳のときに初陣を飾り、元亀2年(1571)父・義守から

家督を継ぐと、義光は最上宗家再興の為に一族や国人を次々に粛清した。

豊臣政権になると総大将・豊臣秀次の側室に娘の駒姫をさしだす。しかし、秀次が秀吉に自害させられると、駒姫も処刑された。

関ケ原の戦いでは東軍につき、直江兼続と戦い、最上家を57万石の大名に成長させた。

晩年、徳川家康の意を受けて、長男・義康を自害させたことから「お家騒動」がおこり、結局、最上家は取り潰されることとなる。

 

(戦国武将お墓参り手帖から引用)

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