お知らせ

眠らせていてはいけません

2017年8月28日

こんにちは。

暑さが落ち着いてきましたね。

農作物も心配なので、少しの暑さは残ってほしいものです。

 

さて。

今日はヴァイオリンの日。

知りませんでした・・・・(;´∀`)

 

明治13年8月28日。東京深川の松永定次郎という三味線職人が初の国産ヴァイオリンを制作したことを記念してのことだそうです。

音楽は好きですが楽器には詳しくないので、ヴァイオリンといえばストラディバリやグァルネリくらいしか知りません(>_<;)

なのでヴァイオリンについて調べていたらちょっと怖面白い記事をみつけたので、そちらを載せようかと。

 

結構有名な話らしいので、ご存知の方もいるかもしれませんね。

「チェリーニのヴァイオリン」です。

殆どお伽話的で、職人達の時間軸も合わず非現実的な部分もあり、細かく話すと長くなるので簡易的にざざっと(笑)

 

時代はルネサンス晩期。イタリアガルダ湖畔の街にベルトロッティという腕のいいヴァイオリン職人がいました。

ある日、枢機卿(のちにローマ教皇クレメンス8世になる人)から「装飾入りの美しいヴァイオリンを」と依頼がきました。

楽器の主要部分はベルトロッティが、そして、その他の装飾をチェリーニという有名な装飾家が手掛け完成させました。

枢機卿はこれをヴァイオリン奏者のある少女に贈ります。

少女はこのヴァイオリンに憑かれたようにのめりこんでいき、手にして間もなく原因不明の死を遂げます。

少女の命日にこのヴァイオリンを演奏した奏者も高熱にうなされる日々を送ります。

枢機卿の死後、彼の遺志により博物館へ寄贈されましたが、とある奏者が借りて弾いたところ、間もなく精神を病んで自殺してしまいます。

その後、不明なルートや戦争を経て著名人や貴族に渡りますが、持ち主は次々と病や死等の不幸に見舞われます。

最後に演奏し、その負の流れにかからなかったのが、ノルウェーの牧師であり音楽家であったオーレ・ブル。

彼は貧しい人たちのための慰問演奏会を、このヴァイオリンで行っていたといいます。

しかし、自分の死後は誰にも弾かせないようにという条件で、このヴァイオリンはノルウェーのベルゲン博物館に寄贈されました。

 

本来、楽器は人を楽しませるもの。

勝敗や名声等の欲のためにあるものではありません。

いわくつきになってしまったヴァイオリン。音を出すために生まれてきたものが弾かれずに展示されている姿を、作者のベルトロッティとチェリーニはどう感じているのでしょう。(陶芸作品も同じで、有名陶芸家の作品をただ飾っておく方もいますが、装飾品ではなく、食器として作られたのなら、使わなければなりません)

 

皆さんの家の物置や蔵や倉庫に、使われていない楽器が眠っていませんか。

上手に演奏する必要はありません。

楽しく音が出せれば、良いのです。

 

使えないと思うなら、使える人に渡しましょう。

眠らせていてはいけません。

 

 

 

 

 

 

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有名人のお墓 9月21日

2018年9月21日

こんにちは(^ω^)

弘前市 おおゆ石材のブログです。

今日は 詩人であり、童話作家であり、教師であり、農業科学者でもあった、宮沢賢治が亡くなった日です。

宮沢賢治は1896年8月27日、岩手県(現花巻市)に生まれ、闘病の末に37歳で亡くなりました。

仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、作品の中にある架空の理想郷に岩手県をモチーフとしてイーハトーブと名付けたことでも知られています。

代表作に「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」「雨ニモマケズ」「セロ弾きのゴーシュ」などさまざまな有名な作品があります。

宮沢賢治のお墓は

故郷の岩手県花巻市の身照寺にあります。身照寺には「宮沢賢治墓所」と記された看板があり、誘導通りに進めばたどり着くことができます。

墓所に行くと、宮沢家の代々の墓と五重塔が二つ並んでいます。

宮沢家は浄土真宗でしたが、賢治が日蓮宗法華経に改宗していたため、賢治の父は、賢治の死後、宮沢家の先祖代々の墓をこの寺に移し、賢治を供養するために五重塔を建てました。この五重塔が賢治の供養塔になっています。

 

 

 

 

 

エジプト第25王朝の首都の名前

2018年9月20日

こんにちは。

陽が昇りきるまでと陽が落ちてからが寒いですね。

空調の調整がとても難しいです。

 

さて。

本日はスーダンの文化遺産「ゲベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群」。

ゲベル・バルカルとは、スーダン北部、ナイル川の屈曲部沿いにある高さ98mほどの小山で、ここで見つかったアモン大神殿は、地元民に神聖視されていたと考えられています。

その他、周辺には13の神殿・3つの宮殿等を含む様々な遺跡が発見されています。

ナパタ地方の遺跡群とともに2003年世界遺産登録されました。

(ナパタとは、元々はエジプト第25王朝の首都の名前です)

ナパタ地方の遺跡群にはエル=クッル、ヌリ、サナム、ズマの墓所群があります。

エル=クッルには王族の墓も含む34基、ヌリには「ヌビアのピラミッド」と称される82基、ズマにも墓所を含む遺跡があり、サナムは墓所でありながら、「宝物」と呼ばれる何故建設されたかが解明されていない不明の巨大遺跡もあります。

解明されたら、この時代の宗教観や文化思想もわかっていくのでしょうね。

 

世界にはたくさんの不思議があります。

歴史や遺跡は好奇心をくすぐります。

秋の良い気候。

世界遺産でなくても、歴史や遺跡に触れてみるも良いかもしれないですね。

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石材店に行く前に読む本

お墓の窓口

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