お知らせ

初七日法要・忌中法要・年忌法要

2018年5月4日

おはようございます。本日はお墓にまつわる豆知識第二弾‼

『初七日法要・忌中法要・年忌法要』についてお話ししたいと思います

 

初七日法要とは、亡くなった日から数えて七日目に行う法要のことを言います。

故人が三途の川のほとりに辿り着くのがこの日とされており、緩流(かんりゅう)を渡ることができるようにと法要を行います。しかし最近では、遠来の親戚への配慮から、ご葬儀当日の遺骨が戻ってきたところで引き続き初七日法要を営むことが増えてきています。

 

忌中法要とは中陰の間に営まれる法要のことを言います。

中陰とは一般に四十九日の忌明け法要の日までのことです。初七日法要から始まり、十四日目の二七日(ふたなのか)、二十一日目の三七日(みなのか)と七日おきに続き、四十九日目の七七日忌(なななのかき)で忌明けとなります。

 

年忌法要とは、故人の祥月命日(しょうつきめいにち)に営まれる法要のことを言います。

祥月命日とは俗に言う「命日」のことで、故人の亡くなった月日を指します。

一般的に一周忌・三回忌・七回忌・十三回忌・十七回忌・二十五回忌・三十三回忌・五十回忌と続き、以後は五十年ごとに行いますが、一周忌の翌年が三回忌、という風に三回忌以降は数え年の数え方に則って行うため、実際の経過年数と一致しないので注意しましょう。

また宗派や地域によって二十年代の法要を二十三回忌・二十七回忌と二度行うところもありますので、ご住職に相談するとよいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

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お彼岸

2018年9月22日

おはようございます。

本日は『お彼岸』についてお話したいと思います。

「春分の日」は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日として、「秋分の日」は、「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」日として、国民の祝日に定められていますが、「春分の日」と「秋分の日」は、お彼岸の中日でもあります。

仏教では、ご先祖様のいる世界《極楽》を「彼岸」、今私たちが生きているこの世界を「此岸(しがん)」といい、

「彼岸」は西に位置し、

「此岸」はに位置するとされています。

3月の春分の日と9月の秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので彼岸と此岸がもっとも通じやすい日になると考えられ、この時期に先祖供養するようになりました。

お彼岸の期間は、3月の「春分の日」と9月の「秋分の日」の前後3日間を合わせた7日間です。

それぞれの初日を「彼岸入り」、終日を「彼岸明け」、春分の日・秋分の日を「中日(なかび・ちゅうにち)といいます。

お彼岸の期間の7日間は、中日がご先祖様に感謝する日、その前後6日間は、人が生きていく上で良いことと悪いことをきちんと判断し、正しい行いができるようになるための6つの行い

分け与える規律を守る怒りを捨てる努力する心を安定させる智慧(ちえ)をあらわす

を1日に1つずつ行う大切な期間です。

ご先祖様への感謝の気持ちをもって、正しい行いをするように心がけてみましょう。

 

お墓は、ご先祖様が眠るとても大事な場所です。

お彼岸の期間には、家族みんなでお墓参りに行き、墓石を洗い、雑草を抜くなどしてお墓のまわりをキレイにしましょう。

そしてお花やお線香をお供えし、ご先祖様に生まれてきたことを感謝しましょう。

 

 

 

 

 

有名人のお墓 9月21日

2018年9月21日

こんにちは(^ω^)

弘前市 おおゆ石材のブログです。

今日は 詩人であり、童話作家であり、教師であり、農業科学者でもあった、宮沢賢治が亡くなった日です。

宮沢賢治は1896年8月27日、岩手県(現花巻市)に生まれ、闘病の末に37歳で亡くなりました。

仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、作品の中にある架空の理想郷に岩手県をモチーフとしてイーハトーブと名付けたことでも知られています。

代表作に「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」「雨ニモマケズ」「セロ弾きのゴーシュ」などさまざまな有名な作品があります。

宮沢賢治のお墓は

故郷の岩手県花巻市の身照寺にあります。身照寺には「宮沢賢治墓所」と記された看板があり、誘導通りに進めばたどり着くことができます。

墓所に行くと、宮沢家の代々の墓と五重塔が二つ並んでいます。

宮沢家は浄土真宗でしたが、賢治が日蓮宗法華経に改宗していたため、賢治の父は、賢治の死後、宮沢家の先祖代々の墓をこの寺に移し、賢治を供養するために五重塔を建てました。この五重塔が賢治の供養塔になっています。

 

 

 

 

 

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石材店に行く前に読む本

お墓の窓口

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