お知らせ

なんくるないさー

2017年6月23日

こんにちは。

皆さん体調はいかがですか?

私事ですが、風邪にやられて喉と鼻がどうにもすっきりしないです(・・、)

夏風邪は治りにくいので気を付けてください。

 

 

さて。

本日は、沖縄「慰霊の日」です。

二次大戦中、日本国内で唯一地上戦が起こり20万人を超える犠牲者が出た沖縄。犠牲者の半数が兵士ではない民間人だったといわれています。

毎年、追悼式が行われます。

 

戦争は全てを失くします。

それでも、負けずに生き続けているのが、現在の沖縄。

「琉球」です。

 

琉球は元々ひとつの国家でしたが、大和民族(日本人)に侵略され、国の名前も変えられ、二次大戦では多くの犠牲者を出し、戦後には合衆国の統治下におかれました。

今は基地問題のストレスも抱えています。

戦争を知る人が少なくなった時代になっても、不発弾は残り、「戦争」というものが日常に潜んでいます。

 

そのような土地で暮らしている人々の「なんくるないさー」という言葉は、表現しようのないほど素晴らしいのではないでしょうか。

なんくるないさーは、表面的には「なんとかなる」で捉えられがちですが、楽観的な意味ではなく、「挫けず正しい道をいく努力をすれば良い日がくる」という意味合いでつかうのだそうです。

 

強く優しく、どんな状況でも前を見続ける琉球民族。

 

生きていく上では老若男女関係なく、苦しい歴史に負けなかった琉球を見習いたいですね。

 

「なんくるないさー」(笑)

 

 

 

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お彼岸

2018年9月22日

おはようございます。

本日は『お彼岸』についてお話したいと思います。

「春分の日」は、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」日として、「秋分の日」は、「祖先を敬い、亡くなった人々を偲ぶ」日として、国民の祝日に定められていますが、「春分の日」と「秋分の日」は、お彼岸の中日でもあります。

仏教では、ご先祖様のいる世界《極楽》を「彼岸」、今私たちが生きているこの世界を「此岸(しがん)」といい、

「彼岸」は西に位置し、

「此岸」はに位置するとされています。

3月の春分の日と9月の秋分の日は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので彼岸と此岸がもっとも通じやすい日になると考えられ、この時期に先祖供養するようになりました。

お彼岸の期間は、3月の「春分の日」と9月の「秋分の日」の前後3日間を合わせた7日間です。

それぞれの初日を「彼岸入り」、終日を「彼岸明け」、春分の日・秋分の日を「中日(なかび・ちゅうにち)といいます。

お彼岸の期間の7日間は、中日がご先祖様に感謝する日、その前後6日間は、人が生きていく上で良いことと悪いことをきちんと判断し、正しい行いができるようになるための6つの行い

分け与える規律を守る怒りを捨てる努力する心を安定させる智慧(ちえ)をあらわす

を1日に1つずつ行う大切な期間です。

ご先祖様への感謝の気持ちをもって、正しい行いをするように心がけてみましょう。

 

お墓は、ご先祖様が眠るとても大事な場所です。

お彼岸の期間には、家族みんなでお墓参りに行き、墓石を洗い、雑草を抜くなどしてお墓のまわりをキレイにしましょう。

そしてお花やお線香をお供えし、ご先祖様に生まれてきたことを感謝しましょう。

 

 

 

 

 

有名人のお墓 9月21日

2018年9月21日

こんにちは(^ω^)

弘前市 おおゆ石材のブログです。

今日は 詩人であり、童話作家であり、教師であり、農業科学者でもあった、宮沢賢治が亡くなった日です。

宮沢賢治は1896年8月27日、岩手県(現花巻市)に生まれ、闘病の末に37歳で亡くなりました。

仏教(法華経)信仰と農民生活に根ざした創作を行い、作品の中にある架空の理想郷に岩手県をモチーフとしてイーハトーブと名付けたことでも知られています。

代表作に「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「風の又三郎」「雨ニモマケズ」「セロ弾きのゴーシュ」などさまざまな有名な作品があります。

宮沢賢治のお墓は

故郷の岩手県花巻市の身照寺にあります。身照寺には「宮沢賢治墓所」と記された看板があり、誘導通りに進めばたどり着くことができます。

墓所に行くと、宮沢家の代々の墓と五重塔が二つ並んでいます。

宮沢家は浄土真宗でしたが、賢治が日蓮宗法華経に改宗していたため、賢治の父は、賢治の死後、宮沢家の先祖代々の墓をこの寺に移し、賢治を供養するために五重塔を建てました。この五重塔が賢治の供養塔になっています。

 

 

 

 

 

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石材店に行く前に読む本

お墓の窓口

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